アヤックスの財政について【2021/22】

お久しぶりです。会計見習いです。

前回の更新から1年以上空いてしまいました。

年内に何本か投稿できればと考えております。

 

さて、復帰第一弾となる今回の記事ではアヤックスの財務諸表を解説します。

アヤックスといえば、若手の育成と売却に長けたクラブで、今夏の移籍市場の主役とも言える存在として皆さんの記憶に残っているのではないかと思います。

そのようなクラブ事情を踏まえ、今回の記事では、

 

アヤックスはなぜ選手を売却する必要があるのか?

選手の売却を通して利益はいくら必要か?

アヤックスの今後の展望は?

 

これらの疑問に対する答えを考えていきます。

 

 

 

1. 損益計算書の比較

 

今回の記事では利益に関する項目に注目したいので、損益計算書を使用します。

損益計算書とは、企業が1年間(会計期間)にどれだけの利益を生み出しているかを示す表です。

使用するのは、2021/22と2020/21シーズンの損益計算書です。2021/22ならば2021年7月1日から2022年6月30日2020/21ならば2020年7月1日から2021年6月30日までが会計期間です。

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。

 

 

※赤色の数字はマイナス

 

用語の定義

EBITDA = 売上高 + 営業費用

減価償却費: 固定資産に関して毎年定額で計上する費用。

選手登録権の減価償却費: 選手の獲得に要した移籍金 ÷ 契約年数

金融損益: 主に借金の利息の収入と支出を合算したもの。収入>支出なら+、逆なら−。

当期純利益 = EBITDA + 減価償却費 + 金融損益 + 選手売却による利益 + 法人税

 

まず、当期純利益に着目すると€24.3mの赤字です。コロナの影響がより深刻であった2020/21よりも数字が悪化しているのは少し意外ですね。どの項目が赤字の悪化に作用したのかを見ていきましょう。

売上高は全体で€64.0mの増加です。内訳を見ると、「入場料収入」、「放映権収入 - UEFA」、「商業収入」が大きく成長しています。入場料収入に関しては、完全ではないもののスタジアムに観客が戻ったことでコロナ前の水準に近づきました。放映権収入に関しては、CLのグループステージ全勝がプラスに働きました。商業収入に関しては、コカ・コーラ等の新規スポンサーの獲得*1ボブ・マーリーから着想を得たユニフォームのヒットに支えられ、数字が伸びました。

 

 

営業費用は€38.5mの増加です。給料の増加は、契約更新による昇給とCLのグループステージ全勝のボーナスに起因するものです。売上原価と試合の開催費用が含まれるその他営業費用からは、ユニフォームの売上増と通常の営業活動再開の影響が見られますね。

EBITDAは€25.5m増で黒字化に成功しています。当期純利益が悪化した理由はこの先にありそうです。

減価償却費と金融損益は前期とほぼ変化なしです。

選手売却による利益は€37.8mで、€48.3mの減少です。詳しくは後ほど確認しますが、この数字は直近4期の中でも突出して低い数字です。€37.8mを構成する主な取引は、ライアン・フラーフェンベルフ(→バイエルン・ミュンヘン)やダヴィド・ネレス(→シャフタール・ドネツク)です。アントニーやリサンドロ・マルティネスの取引は来期分に計上されるため、この中には含まれせん。

 

全体を振り返ると、選手売却による利益の重要性は明らかですね。

EBITDAにもう少し余裕がほしいですね。しかし、売上項目に関しては入場料収入を除けば好調と言える数字で、営業費用項目に関しても競争力の維持には避けられない出費ですので、これ以上を望むのは難しいのかもしれません。

 

次に、重要性の高い項目に関して直近5期の推移を見ていきます。

 

2. 重要性の高い項目の推移

 

まず、売上高とその内訳です。

 

 

売上高全体を見ると、現在の水準に達したのは2018/19であることがわかります。このシーズンはアヤックスがCLで躍進した年で、ハイライトした放映権収入にその影響が表れています。

2018/19以降に限れば、UEFA主催大会から得られる放映権収入は全体の約3割を占めます。CL出場の重要性が伝わるデータですね。

国内の放映権収入は横ばいです。5大リーグの上位クラブと比較した場合に明確に劣る項目です。

入場料収入はフルキャパシティでの試合数の最も多かった2018/19がピークで、この付近の数字が上限であると思われます。

商業収入は更なる成長の可能性を秘めた分野です。

 

次に、給料と選手登録権の減価償却です。

 

 

売上高の増加に比例するように、両者ともに増加傾向です。

合計額が売上高に占める割合を見ると、売上高が急増した2018/19とコロナによって大打撃を受けた2020/21を除き、8割台で安定しています。

 

最後に、選手売却による利益です。

 

 

この項目は年度によってばらつきがあります。

損益分岐点での利益は、税引前当期純利益をゼロにするために必要な選手売却による利益の金額を表しています。費用の増加が売上高の増加に追いついた2019/20以降は、それなりに大きな金額が必要になっています。

「(給料 + 選手登録権の減価償却費) / 売上高」が8割台で持続すると仮定した場合、年平均で€55-60m以上の確保を最低限の目標にしたいですね。

現時点では、アントニーやリサンドロ・マルティネスの売却益で多少の不足分を吸収する余裕はあると考えられます。

 

3. まとめ

 

以上がアヤックスの財務諸表の解説でした。

国内の放映権収入が5大リーグと比較すると劣るため、ヨーロッパでの競争力を維持するには選手を売却して継続して利益を生み出す必要があるというのがアヤックスの現状です。また、CLへの出場が非常に重要です。

今後に関しては、国内の放映権収入に変化がない限り、緩やかな成長が期待されます。エールディヴィジのCL出場権が今後3枠に拡大する可能性が高いことを踏まえれば、財政上のリスクは縮小傾向にあると思います。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

パリ・サンジェルマンはどこから収益を獲得しているのか

お久しぶりです。会計見習いです。

前回の記事の更新から半年以上が経ってしまいました。

 

記事を更新するモチベーションの低い時期が長引いていましたが、メッシの退団という衝撃的なニュースを受けて何らかの記事を書こうと思い、久しぶりに手を動かしています。

メッシの退団に関連する話題では、バルセロナの財政状況についてはこのブログでも何度か取り上げたことがあるので、情報は若干古いですが、よろしければこちらからご覧ください。

 

さて、メッシの移籍先はパリ・サン=ジェルマン(PSG)が有力との報道が見られるので、今回の記事ではPSGに焦点を当ててみようと思います。

コロナ禍に関わらず、今夏の移籍市場の主役とも言えるPSGは、一体どこから収益(資金)を獲得しているのか。この疑問へ答えながら、PSGの財政状況を見ていきます。

 

1. 全体の収益の内訳

 

上記の疑問に対する回答を早速導き出したいところですが、今回の記事には限界があります。

それは、PSGが1年間の資金の流入・流出を示すキャッシュ・フロー計算書を公開していないため、資金の流れを完全には把握できないことです。把握できない項目として挙げられるのは、オーナーによる直接的な資本注入といった損益に影響を与えない項目です。

PSGの財政を理解する上で重要な項目だと考えられますが、今回はやむを得ません。そこで、1年間の利益を表す損益計算書を利用し、営業活動に限定して収益の獲得源泉を確認します。すなわち、営業活動による資金獲得について見ていきます。

以下の表は、2016/17シーズンから2019/20シーズンの間におけるPSGの収益の推移を4つに区分して示したものです。2016/17の場合、2016年7月1日から2017年6月30日までが会計期間です(以降の年度も同じルール)。

 

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「その他」以外の項目の定義に関する説明は省略します。「その他」には数字等から推測するに、カタールのスポンサーやグッズ販売による収益が含まれると考えられます。損益計算書にこれ以上の説明がないので、今回は上記のように定義します。選手売却による収益は、いずれの項目にも含まれません。

中身を見ると、2018/19と2019/20で「スポンサー料」と「その他」の数字が著しく変化していることに最初に気付きます。2018/19までは「その他」が全項目の中で最大であるのに対し、2019/20はスポンサー料が最大で、「その他」は放映権料以下に下落しています。

この変化の要因について、これから掘り下げていきます。

 

2. スポンサー料の推移と内訳

 

PSGの公式HPによると、スポンサーは5段階に分類されています。その中でも最上位のスポンサーを意味するカテゴリーが「トップスポンサー」です。トップスポンサーに含まれるのは、キットサプライヤーナイキ(Nikeと胸スポンサーのアコー(Accor Live Limitless)です。スポンサー料の推移を理解するために、トップスポンサーの支払うスポンサー料に注目します。

以下の表は、2016/17から2019/20の間におけるトップスポンサーのスポンサー料の推移を示したものです。便宜上、2018/19まで胸スポンサーを務めていたエミレーツ航空(Fly Emirates)とナイキの系列ブランドのエア・ジョーダンAir Jordanを追加しています。なお、スポンサー料はメディアの報道に基づく数値です。*1 *2 *3

 

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2019/20にトップスポンサーのスポンサー料が跳ね上がったことがわかります。ナイキとの契約更新とアコーとの新契約が要因です。ナイキとの契約は2031/32まで、アコーとの契約は2021/22までで、全期間を通して同額です。 *4 エア・ジョーダンの契約は当初2018/19から2020/21までの3年間で€200mの契約で、その後2021/22まで延長されています。報道上の数字ゆえに断言はできませんが、トップスポンサーの支払う金額の増加が全体のスポンサー料を大きく引き上げたことはほぼ間違いないと思われます。

 

3. 「その他」の推移と内訳

 

PSGは、カタール国有企業のカタール・スポーツ・インベストメンツ(QSI)が2011年に投資をして以来、カタールのスポンサーと密接な関係を維持してきました。代表的なのがカタール観光局(QTA)で、カタール国立銀行(QNB)Ooredooがその他の例として挙げられます。これらはいずれも国有企業です。

カタールのスポンサーが支払うスポンサー料は市場価値を遥かに上回っていたとして、これまで2回に渡ってFFPの調査対象となりました。*5 その結果として、FFP上の利益算出において収益として計上可能な金額がUEFAによって2回(2013/14と2017/18)減額されています。また、2018/19で終了するQTAとの契約に関して、市場価値を上回る金額での更新が禁止されました。

以下の表は、2016/17から2018/19の間におけるQTA、QNB、Ooredooのスポンサー料の推移を示したものです。なお、スポンサー料はメディアの報道に基づく数値です。*6 *7

 

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2019/20にQTAのスポンサー料が大幅に減額したのがわかります。QNBとOoredooも上記の規制の影響を受けて、金額が減少しています。公式HPによると、これらのスポンサーの現在の位置付けはトップスポンサーの一段階下の「プレミアムパートナー」です。メディアの報道によれば、1社あたり€10m前後のスポンサー料を支払っていると推測されています。

FFP上の収益を確認すると、2017/18に€58mに減額されています。これはQTAから€145mの収益を獲得しても、FFP上は€58mしか収益として認められないことを意味します。

「その他」の収益には、グッズ販売による収益など他の3つの項目に分類不能な項目も含まれると考えられますが、全体の金額の変動を考慮すると、カタールのスポンサーが2018/19までその半数以上を占めてきたと考えられます。

 

4. まとめ

 

以上を整理すると、2018/19と2019/20の間で主要な収益源が変化しました。

2018/19まではエア・ジョーダンとの契約を始めとしてスポンサー料を増やしながらも、カタールのスポンサーの存在は無視できませんでした。一方、2019/20はUEFAの規制の影響でカタールのスポンサー料は激減しましたが、ナイキ、アコーと巨額のスポンサー契約を締結したことで、カタール以外のスポンサー料が増大しました。

したがって、営業活動による収益獲得において、PSGはカタールに依存しない体制を構築したと言えます。

しかしながら、最初に触れたように、オーナーによる直接的な資本注入といった損益に影響を与えない項目については増減を観測できないため、オーナー(カタール)から完全に自立しているとは言い切れません。2020/21の情報はまだ開示されていませんが、このコロナ禍において、営業活動だけで経営および補強に必要な資金を賄うことができたとは考え難いので、オーナーによる資本注入があったと私は予想しています。

ちなみに、貸借対照表より銀行からの借入等の負債の残高は確認できましたが、残高がゼロであったため、2016/17から2019/20の間に借入等は行われなかったと思われます。

 

5. おまけ

 

本題からは逸れる内容です。損益計算書を眺めて、今後の展望を綴ろうかと思います。

以下の表は、2016/17から2019/20の間におけるPSGの損益計算書です。重要性の高い項目に注目して見ていきます。

 

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2019/20の営業収益を除けば、営業収益・費用の合計は増加傾向にあります。2019/20の営業収益が減少した理由には、上述のスポンサー契約の更新による「その他」を含めたスポンサー料の総額の下落、シーズン中断による「放映権料」と「入場料」の減少が考えられます。

続いて、営業費用の内訳を見ると、給料の増加が顕著です。選手登録権の減価償却費は、選手の獲得に要した移籍金を選手の契約年数で分割して費用計上する項目です。€120-150mというのは、マンチェスター勢並みの金額で、年度によって業界最高レベルです。

営業利益はいずれの年度も赤字です。これを填補するには選手売却による利益を計上する必要があり、上手く行った年度(2017/18と2018/19)は最終黒字を達成しています。

 

最後に、漠然とした今後の展望についてです。

今夏の移籍市場における積極的な補強により、給料の総額はさらに増加すると予想されます。

一方、それをカバーするための営業収益は、スポンサー料以外に成長の見込みが乏しいのが現状です。入場料に関しては、スタジアムの拡張案も過去に協議されたようですが、具体的な動きは見られません。放映権料に関しても、2021/22以降のリーグ・アンの契約はそれ以前と比べて減額されており、CLの成績次第で微妙に増加する可能性があるかどうかです。よって、アコーやエア・ジョーダンとの新契約(更新される場合)で2022/23以降のスポンサー料が増額されるのか、新規スポンサーをどれだけ獲得できるのかといった動向を注視する必要があります。

PSGのケースでは、拡大路線の結果としてバルセロナのような資金不足に苦悩する恐れは小さいと思われるものの、営業利益が悪化する可能性は十分に考えられます。そこで懸念事項として挙げられるのがFFPですが、公開されていない情報も多く、現時点で意見を述べるのは難しいです。必要がある場合は選手を売却して利益を調整すると思いますが、今後の動向は予測できません。

 

消化不良な終わり方になってしまいましたが、営業活動に関する収益獲得について記事にしたかったので、おまけは参考程度ということでお願いします。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

バルセロナの財政について【2019/20】

お久しぶりです。会計見習いです。

今回の記事ではバルサの2019/20の財務諸表を解説していこうと思います。バルサの財政状況については過去にも執筆しているので、そちらもぜひご覧ください。

 

kaikeiminarai.hatenablog.com

kaikeiminarai.hatenablog.com

 

1. 損益計算書の比較(2019/20 & 2018/19)

 

損益計算書とは、企業が1年間(会計期間)にどれだけの利益を生み出しているかを示す表です。

最初に使用するのは、2019/20と2018/19シーズンの損益計算書です。2019/20ならば2019年7月1日から2020年6月30日2018/19ならば2018年7月1日から2019年6月30日までが会計期間です。

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。

 

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用語の定義

EBITDA = 売上高 + 営業費用

減価償却費: 固定資産にかかる毎年定額で計上する費用。

金融損益: 主に借金の利息の収入と支出を合算したもの。収入>支出なら+、逆なら−。

固定資産関連: 選手登録権以外の固定資産の売却による損益、および評価損益。

当期純利益 = EBITDA + 減価償却費 + 金融収支 + 選手売却による利益 + 法人税

※赤色の数字はマイナス

※過去の記事とは各用語の該当項目を若干変更しているため、数値が一部異なります。

 

まず、当期純利益に着目すると€90.3mの赤字です。バルサの発表によると、感染症の影響がなければ€2.0mの黒字を記録していたようです。どの項目が赤字に作用したのかを見ていきましょう。

売上高は€860.4mから€730.5mに下落しました。項目別でも、その他営業収益以外の項目でシーズン中断の影響を確認できます。7月以降に延期された試合に関する収益は、2020/21で計上されます。

営業費用も€786.1mから€711.3mに減少しています。給料に関しては、昨年3月に選手と合意した給料削減の影響が見られます。試合開催に関するコストが含まれるその他営業費用もシーズンが中断したことで減少しています。

EBITDAは€19.2mの黒字です。この時点ではまずまずのように思われますが、前年比では−€55.0mです。

減価償却費は€192.0mを記録し、2018/19の€159.9mから大幅に増加しました。主な増加要因は選手登録権の減価償却費です。この項目は選手獲得にかかった移籍金を契約年数で費用計上するものです。2019年夏にグリーズマンやデヨングなどの大型補強を敢行したため、数字が急増したと考えられます。

金融損益は−€28.2mで、2018/19から倍増しています。バルサは直近2期で有利子負債が増加しているので、支払利息も増加したと思われます。

固定資産関連は−0.2mです。数字が大きくないので、注視する必要はないと思います。

選手売却による利益は€73.3mです。アルトゥールとピャニッチのトレードで発生した利益はこの項目に含まれます。トレードによる予想収益が€59.3mでしたので、トレードの影響の大きさを確認できる数字ですね。

 

全体を振り返ると、主要項目の大半で感染症の影響が読み取れる結果でした。例外として挙げられるのは減価償却費(と選手売却による利益)です。選手獲得で増加する項目は給料と減価償却費ですが、給料は削減できても、減価償却費は簡単に削減できないという性質の違いが露わになりました。減価償却費を削減するには選手を売却するしかありません。2018/19の時点で収益に対して減価償却費が大きすぎるのは課題でしたので、感染症が追い討ちをかける形になったようにも思います。

 

次に、2020/21(予算)と2019/20の損益計算書を比較していきます。予算は実際の数字とかけ離れることが多いですが、今後の展望を理解するのに役立つと考えられます。

 

2. 損益計算書の比較(2020/21 & 2019/20)

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。用語の定義は変更ありませんが、減価償却費のみ合算して表示しています。

 

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まず、売上高の内訳に着目すると、入場料収入とシーズンチケット/メンバーシップ収入は大幅に減少しています。無観客試合の影響ですね。放映権収入は増加予想です。先述したように、2019/20の延期された試合の収益が2020/21で計上されるためです。商業収入もスポンサー収入の増加に後押しされて増加する見込みです。

営業費用は減少予想です。スアレスなど高給取りの選手の退団や選手と合意済みの給料削減の影響で、給料が一気に減少する見込みです。

減価償却費はほとんど変化していません。コウチーニョグリーズマンなど減価償却費の大きい選手は残留したままであることが原因として考えられます。

当期純利益は€1.2mの黒字予想です。

 

近年のバルサを見る限りでは、この通りに上手くいくとは考えにくいですが、予算上はこのようになっています。減価償却費は依然として負担になるようですね。給料がどこまで削減できるかが個人的には気になります。

 

最後に、現金の流れを確認するためキャッシュ・フロー計算書を見ていきます。

 

3. キャッシュ・フローの推移

 

キャッシュ・フロー(CF)は会計期間における現金の流れを表す概念で、現金が流入すればプラス、流出すればマイナスになります。営業CF、投資CF、財務CFの3種類が存在します。それぞれの簡単な定義は以下の通りです。

営業CF: 通常の営業活動(上記の売上高と営業費用に含まれる項目)による現金の流れ。

投資CF: 選手やその他固定資産の売買による現金の流れ。

財務CF: 社債や株式の発行に関する現金の流れ。

 

以上の合計が全体のCFです。期首現金残高に合計額を加算すれば、期末現金残高になります。

それでは、表を見ていきましょう。

 

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まず、営業CFは−€46.6mで、直近5期で唯一のマイナスです。細かく見ていくと事情は色々あるかと思いますが、減収の影響が大きいと思われます。

投資CFは−€155.2mです。選手の売却以上に補強するほどマイナスになる項目ですので、この数字は納得が行きますね。

財務CFは€205.5mです。この数字からバルサ有利子負債による資金調達を行ったと判断できます。営業CFと投資CFの合計(−€201.8m)を期首現金残高(€158.4m)に加算するとマイナスになるので、資金を調達しなければ現金が尽きることが想像できます。バルサが巨額の資金調達を行ったのは18/19に続いて2期連続です。

 

ちなみに、資金調達に関する返済額の詳細は以下の通りです。

 

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社債と借入金の返済額の合計額は€479.8mです。2019/20の間に増加した債務のほとんどは、2020/21に返済予定の借入金です。2023/24に満期を迎える社債は、2018/19に資金調達した際に発生したものです。今のバルサの財政状況では返済できる額ではありませんので、債権者との間で支払期限の延長交渉が現在進行形で行われています。

 

おわりに

 

以上がバルサの2019/20版の財務諸表でした。近年の大型補強による財政圧迫が読み取れる結果かと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

コロナ禍にも関わらず、ブラガが過去最高の最終黒字を記録した理由

こんにちは。会計見習いです。

本題に入る前にお知らせです。

先日発売された『フットボリスタ第81号』にて、「アルトゥールとピャニッチの「等価交換移籍」に学ぶ移籍会計の仕組み」というテーマで記事を寄稿させていただきました。当ブログでも過去に取り扱った話題ですが、より最新の情報を反映し、会計学初心者の方にもなるべく理解しやすいように仕上げておりますので、ぜひご覧ください。

 

www.footballista.jp

 

さて、今回取り扱うブラガは、先日の決算発表でクラブ史上最高の最終黒字(当期純利益)を記録したことを明らかにしました。多くのクラブが新型コロナウイルスの感染拡大による影響で赤字に苦しんでいる中で、このような業績は極めて異例です。

以下の図表は直近5期の当期純利益を表したものです。2019/20だけ数字が飛び抜けていますね。実は、2018/19の€6.2mも当時のクラブ記録となる純利益でしたので、2年連続で記録を更新しています。

 

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今回の記事では、ブラガが過去最高の当期純利益を記録できた理由を考えていきます。

 

1. 損益計算書の比較

 

利益の実態を理解するために損益計算書を比較します。損益計算書とは、企業が1年間(会計期間)にどれだけの利益を生み出しているかを示す表です。

ここで使用するのは、2019/20と2018/19シーズンの損益計算書です。2019/20ならば2019年7月1日から2020年6月30日2018/19ならば2018年7月1日から2019年6月30日までが会計期間です。

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。

 

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用語の定義

EBITDA = 売上高 + 臨時収入等 + 営業費用

当期純利益 = EBITDA + 減価償却費 + 金融収支 + 選手売却による利益 + 法人税

※赤色の数字はマイナス

 

まず、売上高内のUEFA主催大会収入」「臨時収入等」で数字が著しく変化していることがわかります。

UEFA主催大会収入とは、CLまたはELに出場して得られる放映権料やボーナスなどを含んだ項目です。以下の表からもわかるように、2019/20のブラガはELベスト32まで進出しましたが、2018/19はEL予選3回戦で敗退しました。そのため、2019/20は€10.8mを獲得できましたが、2018/19は€0.3mに留まりました。

 

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臨時収入等とは、売上高の主要4項目に含まれない収益をまとめた項目です。特殊な事情で発生した収益を含むので、シーズンによって数字がばらつきます。例を挙げると、2018/19に計上した€4.2mの半分以上は、ギリシャPAOKによるアベル・フェレイラ監督(当時)の引き抜きによって発生した収益です。では、2019/20に生じた特殊な事情とは何だったのでしょうか。その答えは、2018/19と同様、監督の引き抜きです。

2020年3月4日に、当時ブラガの監督を務めていたルベン・アモリムスポルティングの監督に就任しました。その際、スポルティングアモリムの契約解除金€10mをブラガに対して支払う約束をしました。しかし、その後スポルティングが支払いを滞納したことにより罰金が追加されたので、ブラガは解除金の€10mを遥かに上回る額を臨時収入等として計上できました。罰金の正確な額は公表されていませんが、臨時収入等の大部分を占めると年次報告書には記載されています。

 

 

売上高の他の項目を見ると、入場料収入は微増しています。これは、新型コロナウイルスの感染拡大によるリーグ中断の影響でリーグ戦の試合数は減少したものの、EL出場によって全体の試合数が増加したためです。一方、放映権収入は国内戦の分のみを計上しているため、リーグ中断の影響で減少しています。商業収入はスポンサー収入を含む項目で、2019/20にいくつかの新契約を結んだため、増加しています。

 

次に、売上高以外の項目である程度の変化が見られるのは、「営業費用」と「選手移籍による利益」です。営業費用は人件費などクラブ運営に要した費用を含む項目で、2019/20は前年度と比べて€5.8m増加しています。増加の要因は、ELの好成績および国内カップ戦優勝による関係者へのボーナスEL本戦出場による遠征費です。

選手移籍による利益は、€3.5mの減少です。これは、移籍によって得た利益ですので、シーズンによって数字がばらつく項目です。2019/20はトリンカオ(現バルセロナ)の移籍のみで€22.3mの利益を記録しました(全体は€24.4m)。一方、2018/19はヴクチェヴィッチ(現レバンテ)、ネト(現ウルブズ)など市場価値の高い複数選手の移籍で€27.8mに到達しました。

 

 

最後に、税引前当期純利益に着目します。税引前当期純利益は、€16.9m増加しています。しかし、税引前当期純利益からUEFA主催大会収入と臨時収入等を差し引くと、18/19の方が残額が多いことが以下の図から読み取れます。つまり、この2項目を除いた全体の利益は減少しているのです。

 

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以上を踏まえると、新型コロナウイルスの感染拡大により国内戦の放映権収入は減少し、EL本戦出場と国内カップ戦優勝により営業費用は増加しました。また、選手売却による利益も減少しました。これらはクラブ記録の18/19比で、税引前当期純利益を減少させる要因として作用しました。その一方で、ELでの躍進アモリムの契約解除金および追加罰金が収益の大幅な増加に貢献したことで、ブラガは過去最高の当期純利益を記録できました。

 

2. 今後の展望

 

19/20シーズンをリーグ3位で終えたブラガは、トリンカオとパリーニャ以外に当時の主力が流出することなく、20/21シーズンに突入しています。トリンカオは完全移籍で19/20に利益を計上済み、パリーニャはスポルティングからのレンタル移籍でしたので、20/21の選手売却による利益は前年比で大きく下落することが予想されます。

臨時収入等についても、アモリムの契約解除金に関する新たな支払契約が成立したとのことですので、スポルティングがこれ以上延滞しない限り、収益は発生しないと考えられます。

したがって、収益が大幅に減少するため、20/21は最終赤字が予想されます。

 

一方、21/22以降では当期純利益の新記録樹立も十分に考えられます。21/22にはポルトガルの協会ランキングがロシアと入れ替わり、ポルトガルのCL出場権が3枠になります。よって、19/20のようにリーグ戦を3位以内で終えることができれば、CL本戦出場が目前に迫ります。CL本戦に出場した場合に得られる収益はELの数倍上ですので、記録更新の可能性があるということです。

また、今季のポルトガルリーグは、ポルトの主力が大量流出した(詳しくはこちら)ことで、勢力図が変化する可能性があります。この点、19/20の主力の流出が少ないブラガは有利な立場にあると思われます。

ブラガには今後も注目していきたいものです。

ファビオ・シウバの奇妙な移籍をポルトの財政状況から読み解く

FCポルト所属の期待の若手FWファビオ・シウバのウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC(ウルブズ)への移籍が発表されました。

 

 

この件は、プレミアファンをはじめとする方々に大きな衝撃を呼んだかと思います。特に衝撃的なのが実績に対する移籍金です。昨季リーグ戦12試合1ゴール、出場時間182分の選手をクラブレコードとなる€40mでウルブズは獲得しました。

トップレベルでの実績が皆無といえる選手でこれだけの移籍金を動いたのは、ポルトガルサッカー界で多大な影響力を保持する代理人ことジョルジュ・メンデスの力と考えて間違いないでしょう。メンデスはシウバの代理人ではありませんが、メンデス傘下のエージェンシー(STV)がシウバを担当しています。メンデスはこれまでにもポルトガル - ウルブズ間で多くの取引を実現しており、今回もこの強力なパイプを利用した移籍だと考えられます。

しかし、疑問として残るのはポルトがなぜシウバを放出したかです。クラブの最年少出場記録、最年少ゴール記録を持つ選手をほとんど使うことなく放出したのは、勿体なさを感じずにいられません。今回の記事では、この疑問についてポルトの財政状況から考えてみたいと思います。

 

1. 損益計算書の比較

 

今回のテーマは、移籍によって発生する利益との関連性が高いと考えられるので、損益計算書に注目します。損益計算書とは、簡単に言えば、企業が1年間にどれだけの利益を生み出しているかを示す表です。損益計算書を複数年度で比較することで、実態の理解を深めることができます。

今回使用するのは、2018/192019/20シーズンの中間損益計算書です。すなわち、2018/19ならば2018年7月1日から12月31日まで、2019/20ならば2019年7月1日から12月31日までが会計期間です。できるだけ最新の数値を反映するため、このようにしています。

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。

 

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用語の定義(詳しくはこちら

EBITDA = 売上高 - 営業費用(今回は選手登録権以外の減価償却費を含む)

当期純利益 = EBITDA + 選手登録権の減価償却費 + 金融収支 + 選手売却による利益 + 法人税

※赤色の数字はマイナス

 

比較によってまず明らかなのは、2019/20ではUEFA主催大会収入が大幅に減少したことです。この項目は、CLまたはELに参加して得られる放映権料やボーナスなどをすべて含んだものです。

2018/19のポルトは、CLでベスト8まで進出しました。しかし、翌シーズンはプレーオフ敗退でCLグループステージにすら参加できず、ELベスト32でヨーロッパの舞台を去りました。このヨーロッパでの成績の差が€51.4mの収入減という数字に表れています。

他の項目はほとんど差がありませんが、この収入減が大きく影響して、2019/20の当期純利益は€51.9mの赤字を記録したことがわかります。

 

次に気になる項目は、選手売却による利益です。年度によって数字が変動しやすい項目であるのに、前年度との差がないに等しいです。また、18年夏にはリカルド・ペレイラジオゴ・ダロト、19年夏にはエデル・ミリトンやフェリペなどを大金で放出している割に、利益があまりにも小さいことが引っかかりますね。

この謎に対する答えとして、次の2つが挙げられます。

1つ目は、収益を認識するタイミングの違いです。上記の選手はいずれも、夏より前の年度の移籍として処理されています。つまり、18年夏の移籍組であるペレイラやダロトは2017/18、19年夏の移籍組であるミリトンやフェリペは2018/19の下半期で収益を認識しています。2018/19の決算時の損益計算書を試しに見ると、選手売却による利益を€42.7mも計上しています。上半期分が€2.3mでしたので、€40.4mの増加です。決算前の駆け込み放出の影響がはっきり表れていますね。なお、決算時の当期純利益は€9.3mだったので、駆け込み放出で€31.1m以上の利益を計上できていなければ、赤字に転落していたと考えられます。CLベスト8の年度でもこれだけ利益を計上しなければならないのは過酷ですね。

2つ目は、選手登録権に絡む複雑な事情です。昨夏セビージャに移籍したオリベル・トーレスを例に説明します。以前とは異なり、オリベルの移籍は2019/20の会計期間に該当する取引です。財務報告書によると、オリベルの移籍金は€11mでしたが、ポルトが実際に計上した収益はこれよりも遥かに小さい€0.4mでした。この原因を考える上で意識したいのが「選手売却による利益 = 受け取る移籍金 - 選手登録権の簿価」という関係性です。

 

 

オリベルの場合、アトレティコからの獲得時の移籍金(€20m)、契約年数(2017年7月1日から4年間)、完全移籍後の在籍期間(2年)という点を踏まえると、選手登録権の簿価は€10m前後かと思われます。よって、選手売却による利益は、€11m - €10m = €1mになります。他にも、15%の古巣への転売ボーナスの支払い(€1.7m)やオリベル本人へのボーナスなどが移籍金と利益の差額の€10.6mに含まれます。

ちなみに、選手登録権の簿価を€10mと仮定すると、転売ボーナスの支払い額(€1.7m)との合計が€11mを超過するので、選手登録権の簿価は実際には€10mより若干低いと思われます。正確なことはわかりませんが、買取オプション付きのローン移籍で16/17にポルトに加入し、オプションをシーズン半ばで行使しているので、2017年7月1日よりも前から減価償却を実施しているのが一因かもしれません。

 

以上を整理すると、(1)ポルトの売上はUEFA主催大会での成績に大きく影響される、(2)UEFA主催大会収入以外は損益構造にほぼ変化がない(3)黒字を実現するには選手売却によって少なくとも€30-35m以上の利益を計上する必要がある、という三点が指摘できます。損益構造がほぼ同様なことを踏まえると、この三点はいずれの年度にも共通します。

2019/20は目立った駆け込み放出がなかった上に、コロナによる影響も考慮すると、中間報告時以上の赤字を最終的に計上すると思われます。複数年度の損益を合算して査定するFFPの観点からも、2019/20が赤字ならば、今年度(2020/21)を含む他の年度で黒字を計上する必要性が高まります。

以上より、主力級の選手の売却がなぜ必要かを確認できました。最後に、ポルトの所属選手との比較から、なぜシウバが売却対象だったのかを検討します。

 

2. ポルトの戦力事情

 

現在のポルトの主力で高い市場価値を持つとされる選手は、アレックス・テレスヘスス・コロナです。しかし、売却によってクラブに大きな利益をもたらすことができるかというと、事情は異なります。

テレスは来夏で契約が切れるため、今季中に売却するにも評価額ほどのオファーが届かない可能性が十分に考えられます。コロナは2022年までの契約ですが、ポルトはコロナの保有権を66.5%しか所持しておらず、オリベルのケースで確認したように転売ボーナス分が利益から差し引かれます。よって、これらの選手の売却によって評価額と同等の利益を計上するのは現実的ではないと思われます。 

一方、シウバは下部組織出身であるため、選手登録権が存在しません。ポルト保有権は100%で、移籍金を全額利益(=収益)として計上できます。契約期間も2022年までで、足元を見られることなく高額な移籍金を要求できます。メンデスとの強力なパイプも考慮すると、ポルトにとって一選手の売却で計上できる利益が最も大きいのが、一番の有望株であるシウバだったと考えられます。他にも即戦力か否かという違いもあるとは思いますが、財政面からはこのように考えるのが適当かと思われます。

 

シウバの移籍による利益は€40mなので、赤字の埋め合わせには他の選手の放出も必要でしょう。シウバほどの利益を見込める選手は残っていないので、複数選手の放出が起きるかもしれません。一方で、ポルトは以前にヤシン・ブラヒミとエクトル・エレーラを同時にフリーで放出しているので、主力の放出に否定的という見方もできそうです。

売却による利益を取るか、戦力維持を取るか、将来が気になります。

 

(追記:2020年9月11日)

 

その後のポルトの公式発表によると、ジョルジュ・メンデスの経営するGestifuteに€7m、STVに€3mの仲介料が支払われたのことです。下部組織出身の選手に対する仲介料を考慮に入れずに記事を書いておりました。大変失礼しました。

移籍金の25%というのは驚くべき数字ですが、これを移籍金から差し引いた€30mでもポルトにとっては一選手の売却で得られる最大の利益でしょう。

 

 

シウバに続き、ヴィティーニャの移籍も決定しました。€20mの買取オプション付きのローン移籍とのことですが、完全移籍と同様と見て差し支えないかと思います。契約に難がある主力よりも、下部上がりの選手の方が利益になるのでしょうね。