【2018/19まで】バルセロナの財政について【後編】

2つ前の記事で「バルサの収益と費用の均衡が2017/18に崩れた」という話に触れ、前回の記事では損益計算書を比較してその実態を確認しました。

そして、前回の記事の最後に「次回の記事では費用についてもう少し掘り下げる」なんて一文を残しましたが、つまらない記事が出来上がる予感がしたので、あの一文はなかったことにさせてください(申し訳ございませんでした)。

その代わりに、キャッシュ・フロー計算書貸借対照表にも視野を広げることで、このテーマに関する理解をさらに深められたらと思います。

 

前回の記事はこちら。損益計算書を振り返っていただくと、今回の記事が読みやすくなるかと思います。

kaikeiminarai.hatenablog.com

 

1. キャッシュ・フローの推移

 

最初に見るのがキャッシュ・フロー計算書です。本題に入る前に、キャッシュ・フロー(CF)に関する少々長めの説明です。

キャッシュ・フロー計算書とは、会計期間における企業の現金の流れを示した表です。キャッシュフロー計算書を見ることで、1年間にどれだけの現金が流入、流出したかを確認できます。計算書上の数字は、現金が流入すればプラス、流出すればマイナスになります。

キャッシュ・フロー計算書では、①営業CF、②投資CF、③財務CFの3つの観点から現金の流れを把握します。計算書上でもこの分類で表示される場合がほとんどです。会計年度初めの現金残高に、3つのCFの合計を加算することで決算日の現金残高が算出されます。

それぞれが何を示すかは、以下の通り。

 

- 営業CF

営業活動による現金の流れ。クラブの場合、チケットや放映権収入から給料の支払いまでその範囲は多岐にわたる。残りの2つに該当しないCFは、基本的に営業CFだと判断して問題ない。損益計算書上の税引前当期純利益を調整して算出する。営業活動の成果と関係するので、合計はプラスが望ましい。 

- 投資CF

主に固定資産の売買による現金の流れ。クラブの場合、選手の売買で発生する移籍金が該当。計算書上の数字は、選手売却で移籍金を受け取ればプラス、選手獲得で移籍金を支払えばマイナス。投資の目的は営業活動での利益の獲得なので、合計はマイナスが望ましい

- 財務CF

社債や銀行からの借入金に関する現金の流れ。計算書上の数字は、借金をすればプラス、返済をすればマイナス。合計のプラマイの評価は、他の2つのCFの状態に左右されるので一概には言えない。

 

以上の合計が全体のCFになります。ちなみに、営業CFと投資CFを合算してフリーキャッシュフロー(FCF)と呼びます。FCFは営業・投資活動の結果として手元に残るお金なので、基本的にプラスが望ましいです。マイナスの状態が続く場合、現金が減少する一方なので銀行からの借り入れや社債の発行が必要になります。

 

以上を踏まえ、サッカークラブのキャッシュ・フロー計算書を見る上で押さえておきたいポイントは次の2点です。

1点目は、選手売却で受け取った移籍金は投資CFをプラスにする一方、発生した収益は営業CFをマイナスにすることです。前者については投資CFの説明で言及した通りですが、理解しづらいのは後者だと思います。これは、営業CFが税引前当期純利益を基準に計算し、損益の発生と現金の流れが一致しないためです。アルトゥール移籍の記事で取り扱ったマルコムの移籍を例にこの現象を説明します。

 

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借方で現金の流入、貸方で収益を計上します。バルサは現金と選手登録権の簿価の差額の€7.2mを収益として損益計算書で計上しました。これは税引前当期純利益を算出する上で、€7.2m分プラスに作用しますね。そして、この移籍で受け取った€40mは全額投資CFを増加させます(一括払いと仮定)。ここで、税引前当期純利益を基準に計算する営業CFで売却益の€7.2mを計上したままにすると、この移籍で流入した現金がCF全体で€47.2mとなってしまい、現金の二重計上が発生します。 ゆえに、税引前当期純利益から€7.2mを差し引く必要があるので、売却益は営業CFを減少させます。

 

2点目は、減価償却費は営業CFをプラスにすることです。考え方自体は選手の売却益と同じですが、こちらの方がイメージしやすいと思います。減価償却費は毎年定額で計上していきますが、この処理の中で現金は一切動いていません。よって、減価償却費の分だけ税引前当期純利益を加算、すなわち営業CFを増加させます。

このように、現金が移動していない損益を税引前当期純利益に加減算して現金の流れのみを把握するのが営業CFの算出方法です。

 

前置きがだいぶ長くなりましたが、 本題に入ります。

以下の図表は、直近10年間のバルサキャッシュ・フローを表しています。濃い青の棒グラフがFCF、薄い青の棒グラフが財務CF、折れ線グラフが全体(合計)のCFです。

 

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グラフを見ると、2017/18からFCFのマイナスが拡大しています。また、財務CFが2018/19にプラス方向に一気に伸びています。2010/11から2016/17の期間と見比べると、違いが顕著ですね。2017/18の現金の期末残高(€40m)と2018/19のFCF(-€87m)を合算するとマイナスになるので、現金不足の結果として借り入れ等を行わざるを得なかったと推測できます。

続いて表に注目すると、2017/18の営業CFの€1mという数字が一際目立ちます。この年度だけなぜ数字が著しく小さいのかは、損益計算書に立ち戻ると見当がつきます。2017/18は選手等の給料と減価償却費が大幅に増加したため、ネイマールをはじめとする選手売却による利益で黒字を実現しました。先ほど説明したように、選手の売却益は営業CFを減少させます。一方の減価償却費は営業CFを増加させますが、このケースでは「選手売却による利益>減価償却費」であるため、営業CFが縮小したというわけです。同じく選手売却による利益で黒字を実現した2018/19で営業CFの数字が改善しているのは、「減価償却費>選手売却による利益」だったことが一因として挙げられます。

2018/19の投資CFの-€203mという数字も突出していますね。2018/19のバルサは選手獲得にここまでの移籍金を費やしていないので、前年度以前からの支払いが繰り越されていると考えられます。主に、2017/18のコウチーニョデンベレの影響でしょう。

 

キャッシュ・フロー計算書から現在のバルサ直近10年で類を見ないレベルの借り入れや社債の発行をしてまで補強に注力していることがわかりました。財政的に問題ないのかは断言しかねますが、借入金や社債がこれだけ急速に拡大するとさすがに懸念が募りますね。今後発表される2019/20も、グリーズマンやデヨングなどの大型補強でFCFがマイナスを記録する可能性が十分にあるので、CFのモデル転換を期待しにくいのが現状かもしれません。もちろん、今夏の動き次第でもあります。

次のパートでは、財務CFとの関連から負債について見ていきます。

 

2. 負債の内訳と推移

 

負債の実態を掴むために使用するのが貸借対照表です。貸借対照表は、会計期間における企業の財政状態を「資産・負債・資本」の観点から示した表です。負債は流動負債と固定負債に分類され、両者の違いは支払期限です。決算日から1年以内に支払日が到来するのが流動負債で、1年を超えるものが固定負債です。

 

まず、直近10年間の流動負債と固定負債の推移を比較します。

 

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両者を比較すると、伸び方に大きな違いがあることがわかります。流動負債は着実に増加しているのに対し、固定負債は一時期減少しつつあったものの、2017/18から急速に増加しています。この時点で、財務CFの動きと関連が深いのは固定負債だと予想できます。ということで、ここからは固定負債に注目していきます。

 

固定負債の内訳と推移を見ていく前に用語の定義を確認します。固定負債は、「未払額:他クラブ、未払額:選手、借入金、社債、その他」で分類します。財務報告書を参照すると、前者2つの定義は以下の通り。

 

- 未払額:他クラブ

選手を獲得した際に他クラブに支払う移籍金の未払額。

- 未払額:選手

選手との契約更新で発生したボーナスの未払額。他の項目も含みそうだが、詳しくは言及されておらず。

 

それでは、固定負債の内訳と推移を見ていきましょう。

 

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やはり2018/19が突出しています。その他を除く4項目全てが前年比で増加しています。中でも、社債は直近10年ではじめて発行されたことが明らかに。社債の方が借入金よりも多額の資金を調達できるケースが多いので、これくらいの額を調達するには借入金と合わせて社債の発行が必要だったということでしょうね。

他クラブへの移籍金の未払額も€181mと急増しています。過剰な選手補強の影響が見られる数字です。図表は割愛しますが、支払期限が1年以内の流動負債の分と合わせても増加傾向にあります。

 

最後に、有利子負債(借入金と社債)について見ていきます。以下の表は、2018/19時点の有利子負債の支払時期と支払額を示しています。借入金は、流動負債の分も含めて表示しています。

 

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2023/24に€197mの支払いを迎える社債が圧倒的に目立ちます。財務報告書によると、バルサが2018/19に発行した4つの社債の合計額です。これらの社債は割り引いて発行されているので、満期時の価格は€200mに達します。用途や発行の経緯は明記されていませんが、CFのパートで確認したように選手補強で資金が必要だったというのが経緯でしょう。

借入金は2020/21の支払額が大きめですが、全体的に取り上げるほどではないですね。

 

社債の償還を迎える2023/24に向けて、FCFの数字を徐々に改善していくことが望ましいと思われますが、どうなるかはわかりません。社債をさらに発行できる余裕があるのかもしれませんが、外部の人間には知り得ない領域の話です。発行できない場合は現在の大型補強路線の転換を迫られる気がしますが、どうなるんでしょうね。今後の動きに注目ですね。

 

3. まとめ

 

以上の内容と前回の記事を踏まえると、以下の図式で示した仮説が導けるかと思います。

 

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過剰な選手補強が現在の財政状況を招いたと考える見方です。左側の部分については、前回の記事で触れています。

斬新な発見があったわけではありませんが、データを整理することで現状が理解しやすくなったと思います。

 

3本連続でバルサだったので、次回の記事では別のクラブを取り扱ってみようかと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。