ファビオ・シウバの奇妙な移籍をポルトの財政状況から読み解く

FCポルト所属の期待の若手FWファビオ・シウバのウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC(ウルブズ)への移籍が発表されました。

 

 

この件は、プレミアファンをはじめとする方々に大きな衝撃を呼んだかと思います。特に衝撃的なのが実績に対する移籍金です。昨季リーグ戦12試合1ゴール、出場時間182分の選手をクラブレコードとなる€40mでウルブズは獲得しました。

トップレベルでの実績が皆無といえる選手でこれだけの移籍金を動いたのは、ポルトガルサッカー界で多大な影響力を保持する代理人ことジョルジュ・メンデスの力と考えて間違いないでしょう。メンデスはシウバの代理人ではありませんが、メンデス傘下のエージェンシー(STV)がシウバを担当しています。メンデスはこれまでにもポルトガル - ウルブズ間で多くの取引を実現しており、今回もこの強力なパイプを利用した移籍だと考えられます。

しかし、疑問として残るのはポルトがなぜシウバを放出したかです。クラブの最年少出場記録、最年少ゴール記録を持つ選手をほとんど使うことなく放出したのは、勿体なさを感じずにいられません。今回の記事では、この疑問についてポルトの財政状況から考えてみたいと思います。

 

1. 損益計算書の比較

 

今回のテーマは、移籍によって発生する利益との関連性が高いと考えられるので、損益計算書に注目します。損益計算書とは、簡単に言えば、企業が1年間にどれだけの利益を生み出しているかを示す表です。損益計算書を複数年度で比較することで、実態の理解を深めることができます。

今回使用するのは、2018/192019/20シーズンの中間損益計算書です。すなわち、2018/19ならば2018年7月1日から12月31日まで、2019/20ならば2019年7月1日から12月31日までが会計期間です。できるだけ最新の数値を反映するため、このようにしています。

 

それでは、損益計算書を見ていきましょう。

 

f:id:kaikeiminarai:20200907004617p:plain

 

用語の定義(詳しくはこちら

EBITDA = 売上高 - 営業費用(今回は選手登録権以外の減価償却費を含む)

当期純利益 = EBITDA + 選手登録権の減価償却費 + 金融収支 + 選手売却による利益 + 法人税

※赤色の数字はマイナス

 

比較によってまず明らかなのは、2019/20ではUEFA主催大会収入が大幅に減少したことです。この項目は、CLまたはELに参加して得られる放映権料やボーナスなどをすべて含んだものです。

2018/19のポルトは、CLでベスト8まで進出しました。しかし、翌シーズンはプレーオフ敗退でCLグループステージにすら参加できず、ELベスト32でヨーロッパの舞台を去りました。このヨーロッパでの成績の差が€51.4mの収入減という数字に表れています。

他の項目はほとんど差がありませんが、この収入減が大きく影響して、2019/20の当期純利益は€51.9mの赤字を記録したことがわかります。

 

次に気になる項目は、選手売却による利益です。年度によって数字が変動しやすい項目であるのに、前年度との差がないに等しいです。また、18年夏にはリカルド・ペレイラジオゴ・ダロト、19年夏にはエデル・ミリトンやフェリペなどを大金で放出している割に、利益があまりにも小さいことが引っかかりますね。

この謎に対する答えとして、次の2つが挙げられます。

1つ目は、収益を認識するタイミングの違いです。上記の選手はいずれも、夏より前の年度の移籍として処理されています。つまり、18年夏の移籍組であるペレイラやダロトは2017/18、19年夏の移籍組であるミリトンやフェリペは2018/19の下半期で収益を認識しています。2018/19の決算時の損益計算書を試しに見ると、選手売却による利益を€42.7mも計上しています。上半期分が€2.3mでしたので、€40.4mの増加です。決算前の駆け込み放出の影響がはっきり表れていますね。なお、決算時の当期純利益は€9.3mだったので、駆け込み放出で€31.1m以上の利益を計上できていなければ、赤字に転落していたと考えられます。CLベスト8の年度でもこれだけ利益を計上しなければならないのは過酷ですね。

2つ目は、選手登録権に絡む複雑な事情です。昨夏セビージャに移籍したオリベル・トーレスを例に説明します。以前とは異なり、オリベルの移籍は2019/20の会計期間に該当する取引です。財務報告書によると、オリベルの移籍金は€11mでしたが、ポルトが実際に計上した収益はこれよりも遥かに小さい€0.4mでした。この原因を考える上で意識したいのが「選手売却による利益 = 受け取る移籍金 - 選手登録権の簿価」という関係性です。

 

 

オリベルの場合、アトレティコからの獲得時の移籍金(€20m)、契約年数(2017年7月1日から4年間)、完全移籍後の在籍期間(2年)という点を踏まえると、選手登録権の簿価は€10m前後かと思われます。よって、選手売却による利益は、€11m - €10m = €1mになります。他にも、15%の古巣への転売ボーナスの支払い(€1.7m)やオリベル本人へのボーナスなどが移籍金と利益の差額の€10.6mに含まれます。

ちなみに、選手登録権の簿価を€10mと仮定すると、転売ボーナスの支払い額(€1.7m)との合計が€11mを超過するので、選手登録権の簿価は実際には€10mより若干低いと思われます。正確なことはわかりませんが、買取オプション付きのローン移籍で16/17にポルトに加入し、オプションをシーズン半ばで行使しているので、2017年7月1日よりも前から減価償却を実施しているのが一因かもしれません。

 

以上を整理すると、(1)ポルトの売上はUEFA主催大会での成績に大きく影響される、(2)UEFA主催大会収入以外は損益構造にほぼ変化がない(3)黒字を実現するには選手売却によって少なくとも€30-35m以上の利益を計上する必要がある、という三点が指摘できます。損益構造がほぼ同様なことを踏まえると、この三点はいずれの年度にも共通します。

2019/20は目立った駆け込み放出がなかった上に、コロナによる影響も考慮すると、中間報告時以上の赤字を最終的に計上すると思われます。複数年度の損益を合算して査定するFFPの観点からも、2019/20が赤字ならば、今年度(2020/21)を含む他の年度で黒字を計上する必要性が高まります。

以上より、主力級の選手の売却がなぜ必要かを確認できました。最後に、ポルトの所属選手との比較から、なぜシウバが売却対象だったのかを検討します。

 

2. ポルトの戦力事情

 

現在のポルトの主力で高い市場価値を持つとされる選手は、アレックス・テレスヘスス・コロナです。しかし、売却によってクラブに大きな利益をもたらすことができるかというと、事情は異なります。

テレスは来夏で契約が切れるため、今季中に売却するにも評価額ほどのオファーが届かない可能性が十分に考えられます。コロナは2022年までの契約ですが、ポルトはコロナの保有権を66.5%しか所持しておらず、オリベルのケースで確認したように転売ボーナス分が利益から差し引かれます。よって、これらの選手の売却によって評価額と同等の利益を計上するのは現実的ではないと思われます。 

一方、シウバは下部組織出身であるため、選手登録権が存在しません。ポルト保有権は100%で、移籍金を全額利益(=収益)として計上できます。契約期間も2022年までで、足元を見られることなく高額な移籍金を要求できます。メンデスとの強力なパイプも考慮すると、ポルトにとって一選手の売却で計上できる利益が最も大きいのが、一番の有望株であるシウバだったと考えられます。他にも即戦力か否かという違いもあるとは思いますが、財政面からはこのように考えるのが適当かと思われます。

 

シウバの移籍による利益は€40mなので、赤字の埋め合わせには他の選手の放出も必要でしょう。シウバほどの利益を見込める選手は残っていないので、複数選手の放出が起きるかもしれません。一方で、ポルトは以前にヤシン・ブラヒミとエクトル・エレーラを同時にフリーで放出しているので、主力の放出に否定的という見方もできそうです。

売却による利益を取るか、戦力維持を取るか、将来が気になります。

 

(追記:2020年9月11日)

 

その後のポルトの公式発表によると、ジョルジュ・メンデスの経営するGestifuteに€7m、STVに€3mの仲介料が支払われたのことです。下部組織出身の選手に対する仲介料を考慮に入れずに記事を書いておりました。大変失礼しました。

移籍金の25%というのは驚くべき数字ですが、これを移籍金から差し引いた€30mでもポルトにとっては一選手の売却で得られる最大の利益でしょう。

 

 

シウバに続き、ヴィティーニャの移籍も決定しました。€20mの買取オプション付きのローン移籍とのことですが、完全移籍と同様と見て差し支えないかと思います。契約に難がある主力よりも、下部上がりの選手の方が利益になるのでしょうね。