クロエンケがアーセナルの負債の返済を手伝う件について

アーセナルのオーナーであるクロエンケ率いるKSE(Kroenke Sports & Entertainment)がクラブの社債の早期償還目的で融資を行うという話が飛び込んできました。社債の早期償還とは社債が満期日を迎える前に、保有者に払い戻しを行うことです。借金の早期返済という表現がわかりやすいかもしれません。

償還に関する情報は、こちらのロンドン証券取引所のニュースから確認できます。

https://www.londonstockexchange.com/news-article/57MA/notice-to-redeem-two-series-of-outstanding-bonds/14608523

 

今回の記事では、この社債の早期償還について財務報告書を交えて見ていきます。

かのSwiss Rambleさんがすでに取り扱っているので、内容的に被る部分は大アリですが、ご了承ください。

 

1. 2種類の社債

 

まず、ニュースの情報から社債について見ていきます。今回償還予定の社債エミレーツ・スタジアムの建設関連で2006年7月に発行されたもので、2種類存在します。詳細は以下の通り。

 

固定利付債:額面価格£210m / 固定金利5.14% / 満期2029年

変動利付債:額面価格£50m / 金利スワップにより固定金利5.75% / 満期2029年

 

固定利付債は、金利があらかじめ設定されている社債です。一方、変動利付債は特定の指標(このケースではLIBOR)に従って金利が変動する社債です。今回のケースでは金利スワップが発生しているので、変動利付債も固定金利に従って利息が発生しますが、2種類の社債は上記の表記で呼び分けます。この辺の処理はややこしいので、額面価格以外は無視していただいても構いません

 

次に、社債の早期償還額を見ていきます。社債の償還に関する条件は、以下の通り。

 

固定利付債:額面価格£50,000の社債につき、£33,341.66の支払い(おそらく利息を含む)

変動利付債:£50mの支払い(利息を含むので正確には£50,077,096.44)

 

固定利付債全体の額面価格が£210mなので、固定利付債の償還額の合計額は、

£210m ÷ £50,000 × £33,341.66 = £140m(£140,034,972)

 

固定利付債の利息を別に計上する場合は金額が若干高くなりますが、社債の償還額の合計は大体£190mくらいかと思われます。利息に関しては、私の英語力不足ゆえに完全に理解し切れていない部分です。

償還額を見ると、固定利付債の償還額は額面価格(£210m)を下回るのに対し、変動利付債は償還額と額面価格(£50m)がほぼ一致していることに気が付きます。これより、固定利付債の償還は過去にも何度か行われてきた一方で、変動利付債の償還は満期時にのみ行われると予測できます。

 

2. 財務報告書との関連

 

次に、社債に関する項目を財務報告書で確認します。使用する財務報告書は、2018/19のものです。社債→利息→借入返済準備金口座の順番で見ていきます。

 

早速社債から見ていきましょう。以下の表は、支払義務のある負債の内訳と社債が占める割合を示したものです。

 

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固定利付債に注目すると、残高の減少(£9m)から社債が一部償還されていることがわかります。2018/19時点の残高は£121mなので、£210mとの差額の£90m程度がすでに償還されたということでしょう。一方、変動利付債を見ると、残高はほとんど変化していません。変動利付債は、償還がまだ行われていないのです。額面価格の£50mとの間にわずかな差があるのは、社債発行時の費用(費用総額 - 減価償却累計額)を元本(£50m)から差し引くためです。発行費用は資産計上して満期まで定額法で減価償却していくので、最終的にゼロとなって負債は£50mに達します。

固定利付債に焦点を戻します。固定利付債の残高が1年間で£9m減少していることを踏まえ、2019/20時点の残高を£112mだと仮定します。すると、先ほど算出した固定利付債の早期償還額は£140mだったので、利息込みとはいえ残高より多めに償還していることになります。社債の早期償還では負債額より多めに支払うケースが大半なので、これも例に漏れずってところですね。反対に、変動利付債は早期償還の影響が見られませんが、詳細は不明です。

ちなみに、ロンドン証券取引所のニュースでは固定利付債の償還額は元本の残高の1.230852倍と一致と書かれているので、償還額をこの倍率で割って元本の残高を算出すると、£114mという数字が出てきます。利息の処理等でミスがありそうですが、£112mともかなり近いので、元本の残高は大体このくらいと見て問題なさそうです。

社債が支払義務のある負債に占める割合は、50%を超えています。結構多いものですね。

 

次に、支払利息を見ていきます。支払利息は、固定利付債の分と変動利付債の分を合算して表示しています。

 

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2年間を見る限り、利息の支払額は毎年£11m前後です。社債を返還してしまえば利息の支払いも終了するので、この程度の額を毎年浮かすことができます。なお、KSEからの融資をクラブは借入金として処理するはずなので、新たな利息の支払いが発生すると考えられます。借入金の利率が現在の社債よりも低ければ効果的だと思いますが、詳細は不明なので何とも言えません。

 

最後に、借入返済準備金口座(Debt Service Reserve Account / 以下、DSRAと表記)です。これは、将来の社債の償還に備えて資金を積み立てるために使用する口座で、償還以外の用途では使用できない現金を含みます。社債を償還してしまえば、この用途制限は解除されると考えられます。

 

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2018/19時点の残高は£37mなので、社債を償還すると£37mが自由に使用可能になると考えられます。とは言っても、借入金の返済用に新たなDSRAを設置する可能性もあり得るので、どれだけの額が本当の意味で自由に使えるかは不明ですね。

 

3. おわりに

 

以上の内容をまとめると、社債の早期償還の影響として次の2点が指摘できます。

 

- 年£9m程度の元本の支払い、年£11m程度の利息の支払いが終了

- £37mの現金が自由に使用可能に

 

もちろんKSEからの借入金の返済条件等を見ないことには、どれだけの負担軽減に繋がるかは断言できません。まあ早期償還をしたからには、借入金の返済条件が社債のよりも財政的に優しいことを期待するのが妥当かと思います。

今回の早期償還は、補強に使える資金の増加を意味する可能性もありますし、案外そうでもないのかもしれません。今後の動きは注目に値しますが、借入金に左右される部分が大きいですね。

読解にあまり自信がないので、情報の誤り等があればご指摘いただけると幸いです。