パリ・サンジェルマンはどこから収益を獲得しているのか

お久しぶりです。会計見習いです。

前回の記事の更新から半年以上が経ってしまいました。

 

記事を更新するモチベーションの低い時期が長引いていましたが、メッシの退団という衝撃的なニュースを受けて何らかの記事を書こうと思い、久しぶりに手を動かしています。

メッシの退団に関連する話題では、バルセロナの財政状況についてはこのブログでも何度か取り上げたことがあるので、情報は若干古いですが、よろしければこちらからご覧ください。

 

さて、メッシの移籍先はパリ・サン=ジェルマン(PSG)が有力との報道が見られるので、今回の記事ではPSGに焦点を当ててみようと思います。

コロナ禍に関わらず、今夏の移籍市場の主役とも言えるPSGは、一体どこから収益(資金)を獲得しているのか。この疑問へ答えながら、PSGの財政状況を見ていきます。

 

1. 全体の収益の内訳

 

上記の疑問に対する回答を早速導き出したいところですが、今回の記事には限界があります。

それは、PSGが1年間の資金の流入・流出を示すキャッシュ・フロー計算書を公開していないため、資金の流れを完全には把握できないことです。把握できない項目として挙げられるのは、オーナーによる直接的な資本注入といった損益に影響を与えない項目です。

PSGの財政を理解する上で重要な項目だと考えられますが、今回はやむを得ません。そこで、1年間の利益を表す損益計算書を利用し、営業活動に限定して収益の獲得源泉を確認します。すなわち、営業活動による資金獲得について見ていきます。

以下の表は、2016/17シーズンから2019/20シーズンの間におけるPSGの収益の推移を4つに区分して示したものです。2016/17の場合、2016年7月1日から2017年6月30日までが会計期間です(以降の年度も同じルール)。

 

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「その他」以外の項目の定義に関する説明は省略します。「その他」には数字等から推測するに、カタールのスポンサーやグッズ販売による収益が含まれると考えられます。損益計算書にこれ以上の説明がないので、今回は上記のように定義します。選手売却による収益は、いずれの項目にも含まれません。

中身を見ると、2018/19と2019/20で「スポンサー料」と「その他」の数字が著しく変化していることに最初に気付きます。2018/19までは「その他」が全項目の中で最大であるのに対し、2019/20はスポンサー料が最大で、「その他」は放映権料以下に下落しています。

この変化の要因について、これから掘り下げていきます。

 

2. スポンサー料の推移と内訳

 

PSGの公式HPによると、スポンサーは5段階に分類されています。その中でも最上位のスポンサーを意味するカテゴリーが「トップスポンサー」です。トップスポンサーに含まれるのは、キットサプライヤーナイキ(Nikeと胸スポンサーのアコー(Accor Live Limitless)です。スポンサー料の推移を理解するために、トップスポンサーの支払うスポンサー料に注目します。

以下の表は、2016/17から2019/20の間におけるトップスポンサーのスポンサー料の推移を示したものです。便宜上、2018/19まで胸スポンサーを務めていたエミレーツ航空(Fly Emirates)とナイキの系列ブランドのエア・ジョーダンAir Jordanを追加しています。なお、スポンサー料はメディアの報道に基づく数値です。*1 *2 *3

 

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2019/20にトップスポンサーのスポンサー料が跳ね上がったことがわかります。ナイキとの契約更新とアコーとの新契約が要因です。ナイキとの契約は2031/32まで、アコーとの契約は2021/22までで、全期間を通して同額です。 *4 エア・ジョーダンの契約は当初2018/19から2020/21までの3年間で€200mの契約で、その後2021/22まで延長されています。報道上の数字ゆえに断言はできませんが、トップスポンサーの支払う金額の増加が全体のスポンサー料を大きく引き上げたことはほぼ間違いないと思われます。

 

3. 「その他」の推移と内訳

 

PSGは、カタール国有企業のカタール・スポーツ・インベストメンツ(QSI)が2011年に投資をして以来、カタールのスポンサーと密接な関係を維持してきました。代表的なのがカタール観光局(QTA)で、カタール国立銀行(QNB)Ooredooがその他の例として挙げられます。これらはいずれも国有企業です。

カタールのスポンサーが支払うスポンサー料は市場価値を遥かに上回っていたとして、これまで2回に渡ってFFPの調査対象となりました。*5 その結果として、FFP上の利益算出において収益として計上可能な金額がUEFAによって2回(2013/14と2017/18)減額されています。また、2018/19で終了するQTAとの契約に関して、市場価値を上回る金額での更新が禁止されました。

以下の表は、2016/17から2018/19の間におけるQTA、QNB、Ooredooのスポンサー料の推移を示したものです。なお、スポンサー料はメディアの報道に基づく数値です。*6 *7

 

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2019/20にQTAのスポンサー料が大幅に減額したのがわかります。QNBとOoredooも上記の規制の影響を受けて、金額が減少しています。公式HPによると、これらのスポンサーの現在の位置付けはトップスポンサーの一段階下の「プレミアムパートナー」です。メディアの報道によれば、1社あたり€10m前後のスポンサー料を支払っていると推測されています。

FFP上の収益を確認すると、2017/18に€58mに減額されています。これはQTAから€145mの収益を獲得しても、FFP上は€58mしか収益として認められないことを意味します。

「その他」の収益には、グッズ販売による収益など他の3つの項目に分類不能な項目も含まれると考えられますが、全体の金額の変動を考慮すると、カタールのスポンサーが2018/19までその半数以上を占めてきたと考えられます。

 

4. まとめ

 

以上を整理すると、2018/19と2019/20の間で主要な収益源が変化しました。

2018/19まではエア・ジョーダンとの契約を始めとしてスポンサー料を増やしながらも、カタールのスポンサーの存在は無視できませんでした。一方、2019/20はUEFAの規制の影響でカタールのスポンサー料は激減しましたが、ナイキ、アコーと巨額のスポンサー契約を締結したことで、カタール以外のスポンサー料が増大しました。

したがって、営業活動による収益獲得において、PSGはカタールに依存しない体制を構築したと言えます。

しかしながら、最初に触れたように、オーナーによる直接的な資本注入といった損益に影響を与えない項目については増減を観測できないため、オーナー(カタール)から完全に自立しているとは言い切れません。2020/21の情報はまだ開示されていませんが、このコロナ禍において、営業活動だけで経営および補強に必要な資金を賄うことができたとは考え難いので、オーナーによる資本注入があったと私は予想しています。

ちなみに、貸借対照表より銀行からの借入等の負債の残高は確認できましたが、残高がゼロであったため、2016/17から2019/20の間に借入等は行われなかったと思われます。

 

5. おまけ

 

本題からは逸れる内容です。損益計算書を眺めて、今後の展望を綴ろうかと思います。

以下の表は、2016/17から2019/20の間におけるPSGの損益計算書です。重要性の高い項目に注目して見ていきます。

 

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2019/20の営業収益を除けば、営業収益・費用の合計は増加傾向にあります。2019/20の営業収益が減少した理由には、上述のスポンサー契約の更新による「その他」を含めたスポンサー料の総額の下落、シーズン中断による「放映権料」と「入場料」の減少が考えられます。

続いて、営業費用の内訳を見ると、給料の増加が顕著です。選手登録権の減価償却費は、選手の獲得に要した移籍金を選手の契約年数で分割して費用計上する項目です。€120-150mというのは、マンチェスター勢並みの金額で、年度によって業界最高レベルです。

営業利益はいずれの年度も赤字です。これを填補するには選手売却による利益を計上する必要があり、上手く行った年度(2017/18と2018/19)は最終黒字を達成しています。

 

最後に、漠然とした今後の展望についてです。

今夏の移籍市場における積極的な補強により、給料の総額はさらに増加すると予想されます。

一方、それをカバーするための営業収益は、スポンサー料以外に成長の見込みが乏しいのが現状です。入場料に関しては、スタジアムの拡張案も過去に協議されたようですが、具体的な動きは見られません。放映権料に関しても、2021/22以降のリーグ・アンの契約はそれ以前と比べて減額されており、CLの成績次第で微妙に増加する可能性があるかどうかです。よって、アコーやエア・ジョーダンとの新契約(更新される場合)で2022/23以降のスポンサー料が増額されるのか、新規スポンサーをどれだけ獲得できるのかといった動向を注視する必要があります。

PSGのケースでは、拡大路線の結果としてバルセロナのような資金不足に苦悩する恐れは小さいと思われるものの、営業利益が悪化する可能性は十分に考えられます。そこで懸念事項として挙げられるのがFFPですが、公開されていない情報も多く、現時点で意見を述べるのは難しいです。必要がある場合は選手を売却して利益を調整すると思いますが、今後の動向は予測できません。

 

消化不良な終わり方になってしまいましたが、営業活動に関する収益獲得について記事にしたかったので、おまけは参考程度ということでお願いします。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。